放課後、活発なかけ声が響く宮崎県立妻高等学校のグラウンド。練習に打ち込む生徒の中に、熱心に指導する竹川智之さんの姿がありました。竹川さんは西都市の地域おこし協力隊に所属し、西都市内中学校5校と妻高等学校の野球部のアドバイザーとして、練習の進め方やチームの改善点などを監督や部長とともに指導にあたっています。
「地域おこし協力隊の仕事には命令業務と自主企画という二つの業務内容があります。私が今この町に貢献できることは何かを考えると、やっぱり野球かなということで、自主企画としたんです。妻高には3月末から来させてもらっています。今年で創立100周年という節目で、初の甲子園出場を目指して頑張っているんですよ。みなさん本当に純朴で、私のアドバイスを素直に聞いてくれます」
上ばかり目指してきた人生の転換
小学校の頃から始めた野球への情熱は、高校、大学、社会人と冷めることはなく、選手を引退してからもコーチや監督として野球に携わってきた竹川さん。監督から離れ社業に移っても、上を目指し、結果を残すことにこだわる性分は変わらず、順調に昇進していったといいます。
しかし、社内での立場が上がるにつれて仕事は忙しくなり、プライベートの時間は削られていきました。休日に電話が鳴るのは当たり前で、休みを休みらしく満喫することはあまりなかったといいます。負けず嫌いの竹川さんは「仕事と家庭の両立」という理想からかけ離れた現実に、ジレンマを感じていました。
そんな折、その後の竹川さんの人生を大きく変える出来事が起こりました。仕事で関わった方が、1〜2年のうちに相次いで亡くなったのです。自身とそう変わらない歳の方たちの逝去を目の当たりにした当時を、こんなふうに回想します。
「私自身、50歳を迎えるタイミングで強い衝撃を受けました。今まで先のことばかり見ていたのですが、これがきっかけで初めて人生について深く考えました。そして自分にとって何が一番大事なのか真剣に考えた結果、やっぱり家族だと思ったんですね。子どもたちが独立して家を出る前に、ちゃんと関わっておきたい。妻から西都市の地域おこし協力隊の募集を聞いたのは、そんなふうに自問自答していた矢先のことでした」
採用通知を受けてすぐに開いた家族会議。子どもたちに移住を反対されるのではと思っていたそうですが、杞憂に終わりました。 「誰か一人でも難色を示したらやめるつもりでしたが、いざ相談すると行きたいと言ってくれたんです。妻の実家が西都市にあって、子どもたちが小さい頃によく訪れていたので、ここの良さが感覚的に分かるんでしょう。年収は前職よりぐっと減りましたが、お金を出しても時間は買えません。さまざまな面で妻も私も納得して、移住しようという話になりました」
優しくてあたたかい町
野球と仕事に打ち込んで切磋琢磨する人生から、家族との時間を大切に、一歩一歩進んでいく生き方へ──。わずか2〜3ヶ月でダイナミックな変化を経た竹川さんですが、長い間都市部で生活してきた人にとって、そして家族揃っての移住という点で、西都市の環境にどんな魅力があるのでしょうか。
「自分を見つめ直せるような穏やかな環境と、市民みんなが協力しあって子育てをしているところですかね。子どもたちはみんな道ですれ違うと挨拶してくれるのですが、それは家庭環境や、先生をはじめとする周りの人たちの接し方が影響していると思うんです。息子たちに聞いても、友達も先生も優しくてあたたかいと言います」
「食にも恵まれていると感じます。私も子どもたちも、移住してからたくさん野菜を食べるようになりました。妻が作った家庭菜園ではキュウリやニラ、ほうれん草などを育てて、美味しくみんなで食べたりしていて。これまでは時間に追われて先のことばかり見ていましたが、家族と一緒に今を楽しめるようになりましたし、今を楽しむことで先が開けるんじゃないか、と考えられるようになってきました」
自分の心に素直になって、人生を味わう
地域おこし協力隊の命令業務として担当している「はじめる相談窓口」の仕事においても、移住の経験が大いに役立っているという竹川さん。移住にまつわる不安や疑問点、都市部との違い、実行までの具体的なステップなど、経験者ならではの視点で検討中の方のサポートを行っています。より豊かな生活のために環境を変えようとする、そんな前向きな選択に関われることがありがたいのだそうです。
人生を大きく変える、移住という決断。迷っている人がいたらどんなふうにアドバイスしますか?と聞くと、竹川さんは「私もいろいろ考えましたけどね」と自身を振り返りつつ、こう付け加えました。
「会社を辞めるときはなぜなんだと周りに言われましたし、歳を重ねてからの決断には勇気が必要でした。でも実際にここに来てみると、本当にやりたいことや大切なことが見えてきた気がするんですね。自分の気持ちに素直に従って、もっと人生を味わってみよう。そんなふうに考えてみてもいいんじゃないかなって。私はあの時思い切って行動してよかったと思っています」
※掲載内容は取材時点の情報です
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