誰もが楽しめる「使える植栽」
西都市の中心地にある「あいそめ広場」。そのすぐ近くにある花壇を見ると、果樹やサボテン、紅葉など少し珍しい組み合わせで構成されたロックガーデンになっています。刈り込まれた植木が均一に並んでいる、というのが一般的な植栽のイメージですが、この植栽は一つひとつに個性があり、立ち止まって眺めたくなるような魅力をたたえています。
このリニューアルを手掛けた庭師・松本さんが意識していたのは、どの世代でも楽しむことができて、かつ “使える” 植栽であること。果樹を植えたのは、学校帰りの子どもたちが摘んでもいいように。また、紅葉は高齢の方にも楽しんでもらえたら、というねらいで取り入れています。「眺めて楽しむだけではない花壇にしたいなと。実際に咲いた花はドライフラワーとして近隣の店舗で使ってもらったりもしています。色々な人が利用している商店街ですが、こうした考えを取り入れたことで、まちの人たちに受け入れてもらえているのかなと思います」
庭師の可能性
小学生の頃は「釣り竿を持って登下校」するほど釣りが好きで、毎週末のようにキャンプや山登りにも出かけていた松本さん。花屋という夢を胸に農業系の大学に進学しますが、二年生の授業をきっかけに造園の魅力に気づき始めます。決定的だったのが、ハウステンボスで行われた「世界フラワーガーデンショー」。アルバイトとして入った造園会社の出展作品を見て、庭の概念が覆されました。
「こんな見せ方が庭師には、造園屋にはできるんだって一気に夢中になってしまいました。ガーデンショーの制作期間は1〜2週間。親方はその期間で何年、何十年も前からすでにそこにあったような庭を作り上げていたんです。そのスピードや表現手法にも驚かされましたね」
親方の極限まで人の存在を感じさせない庭づくりに魅了された松本さんは、そのまま入社を決意。そこで頻繁に携わった保育園や幼稚園の園庭をつくる仕事が、松本さんのデザインの基盤につながっていきます。たとえば遊具をまったく置かずに、木や石を安全に配置することで遊べるようにするアプローチ。園内に小川の環境を再現し、魚が泳ぎ、蛍も孵化できるようにするアイデア。ほかにも生け垣をブルーベリーの木にしてジャムを作れるようにしたり、田んぼを作って稲刈りを体験できる設計を施したり。多彩な職人と協働した約7年の修行期間で、自然を「観賞」という距離感に置くのではなく、その営みを肌で感じることができるような庭造りを体得していきました。
「これからはおもに個人邸や子どもが遊べるような公園を作っていきたいと思っています。子どもにとって楽しい場所を作ることで、西都市に少しでも子どもが増えたら嬉しいですね」
庭を通じてまちの魅力をつくる
独立したら西都市に戻って、地元を盛り上げるために力を尽くそう。以前からそう決めていた松本さんですが、約10年ぶりに帰郷してみると、県外からの移住者が続々と新しいことを始めていることに気づきました。嬉しさとともに込み上げてきたのは、「自分たちも頑張らないと」という思い。庭師という立場から西都市を、そして宮崎県を盛り上げるために、どんなことができるだろう。いつか、あのときの親方のような、従来の「庭師」のイメージを更新するような仕事ができたら──。熱く、静かに膨れ上がった思いを構想に変えて、仲間とのミーティングを重ねています。
「西米良村でグランピング場を経営している後輩がいて、彼とはよく話をしています。外と中の区別がつかないような、緑に囲まれたスペースを作りたいね、とか。キャンプ好きですから、僕もいつかキャンプ場を作りたいですね。宮崎でもリゾート気分を味わえるんだって、そう感じられるような場所をどんどん生み出していきたいです」
独立にあたっては、創業支援制度を活用。取得した助成金は剪定の道具や草刈り機、チェーンソーといった一式の備品の購入や、広告宣伝費に充てました。「修行時代には全くといっていいほど貯蓄をしていなかったので、とても助かりました。取得後も、商工会議所の方には様々な経営の相談に乗ってもらい、大変助かっています」
理想はご自身の造園事務所に加えて、「花が好きな奥さんが取り揃えた観葉植物を販売するグリーンショップを西都市で開業すること」と語った松本さん。大好きな自然の魅力を、身近な空間から伝える道のりは、まだ始まったばかりです。