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ゼロから楽しむピーマンPROJECT

シェフからピーマン農家へ、病を機に遂げた大転身の舞台裏

ピーマン農家 織田征彦さん

17 Thu. February, 2022 KEYWORD
  • 農業
  • 起業・小商い
織田 征彦さん

ピーマン農家 西都歴1年8か月

千葉県船橋市出身。20歳から飲食店に勤務しスーパーバイザーで退職。人生を振り返った末に、新たな一歩を踏み出すべく、2020年6月に西都市へ農業移住。2021年7月よりピーマン農家として営農。

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17 Thu. February, 2022
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三納川です。夏に海パンで入ると最高ですよ。人生初の川遊びはそこでした。

 「2年前ですかね。すぐ手術しないと、失明しますよって言われて。そのまま右目が見えなくなって、1ヶ月ほど入院したんです」

 調理専門学校を卒業し、都内でイタリアンのシェフとして店長を務めながら、新店舗のプロデュースや開発にも関わっていた織田さんを突如襲ったのは、「網膜剥離」という病でした。原因は極度の近視と加齢、対人関係からくるストレス。手術によって右目の視力は回復し、大事には至らなかったものの、この出来事は織田さんの生き方を大きく変える火種となります。

 「人生を振り返った、という感じですかね。独立してレストランか農家を始めたいと思い、対人関係のストレスがない農家なら色々と一人で決められるしいいかもって。10年前くらいから食材そのものを作ることに関心があったんですが、なかなか行動に移せなくて。ある意味、この病気が決断のきっかけになった部分はあります」

決め手は支援体制と信頼できる人との出会い

 退院からわずか1ヶ月で就農の相談会へ出向くなど、リサーチを開始。「上手くいかなかった時に甘えそうだから」と、なるべく都内から離れた土地へ行こうと心を固め、地方都市を中心に候補を絞っていきます。当初、織田さんの頭に浮かんでいた作物はトマトやイチゴでした。しかし、トマトは農家が多く収益性に難があり、イチゴは出荷までにかかる期間が約15ヶ月と長く、新規就農者にとってはハードルが高いこともあって、計画を変更。悩んだ末に最終候補に残ったのが「西都のピーマン」か「熊本のデコポン」だったそうです。二つの選択肢で揺れる織田さんの背中を押したのは、信頼できる西都市の人たちとの出会いでした。

 「色々と訪ねてまわるなかで、西都市のJAの方が唯一数字を示してくれたんですよね。西都市でピーマン農家として就農した場合、おおよそこのくらいの収益が見込めますよって。そんなこと、なかなか言えないじゃないですか。だから信用しようって思ったんです。もし失敗してもこの人が言ったことならって」

「もう一つ大きかったのは、西都市の補助金制度。1年目の実践研修では月5万の生活費が支給され、格安で市営住宅に住める(※最長2年)という仕組みがありました。僕もついこの間まで住んでいましたが、そこは3LDKで1.5万円でした。全国の支援制度についてはかなり調べたつもりですが、ここまでの体制が整っているのは西都市だけなんじゃないですかね」

再びゼロから始められる心地よさ

 取材時、織田さんはピーマン農家の最初の一歩である約1年間の実践研修を終えたところでした。この期間はトップ農家の方の指導を受け、栽培技術だけでなく、湿度や日射量、CO2濃度や肥料の分量など、緻密なデータを駆使した環境づくりを学びます。感覚や経験値だけに頼らず、数字でも管理することの大切さを叩きこまれた一年だったと振り返ります。

 「実際に結果を出しているトップ農家の方に指導してもらえる、最高の環境でしたね。僕の師匠でもある壹岐さんには今でもとてもお世話になっています。こんなことを自分で言うのもおかしいですけど、僕は要領を掴むのが早いぶん、飽きっぽい性格で。でも農業をやっていると、毎日気温も天気も変化するし、読めないことが多い。日々苦悩ですし、ときにはヘコむこともありますけど、思い通りにいかないから楽しいですね。僕も常に変化していきたいし、チャレンジしていたいです」

 19歳から築いたキャリアを43歳という年齢でリセットし、全く異なる業界に新人として飛び込むこと。同時に、住み慣れた土地を離れ、新たな生活を始めること。きっかけが病だったことも考えると、この決断には多くの迷いと勇気が伴ったはずです。織田さんにそうに尋ねると「迷いましたけどね。でも僕、"ペーペー" になるのが好きなんだと思いますよ」と答えてくれました。

 「前職はそれなりの役職だったんですけど、ここに来たらまたゼロからです。キャリアも年齢も下。40代でも若手です。教えてくださいってお願いするのも恥ずかしくないし、1回リセットしてスタートする、この感覚が楽しいです。今でもあの決断は間違ってなかったと思っています」

 春の朝、川のせせらぎやウグイスの鳴き声を聴きながら散歩をしたり、田植えの時期にはカエルの、初秋にはスズムシやコオロギの鳴き声に気づいたり。都内では感じ取れなかった季節の変化に敏感になりました、と織田さん。「疲労やストレスが溜まると下を向きがちになるけれど、楽しさに溢れた生活を送っていると上を見るようになり、感覚が研ぎ澄まされてくるんです」。そう言って子どものように目を輝かせる織田さんの笑顔には、自分らしく、軽やかに生きる喜びが滲み出ていました。