これまで国際物流業界で約42年間(2025年現在)という長いキャリアを築き上げてきた鈴木章浩さん。現役時代は朝早く家を出て、帰宅は深夜になることもあるなど、その穏やかな雰囲気からは想像できないほどのハードワークをこなしてきました。現在はセミリタイアし同じ職場に再就職。リモートワークでシステムサポート業務を担当しつつ、現役時代と比べるとゆったりとした暮らしを送っています。
世界を舞台に物流の最前線で活躍してきた鈴木章浩さんが、42年のキャリアを経て選んだのは、縁もゆかりもない西都市での新たな生活。見知らぬ土地で始まったのは、日々の暮らしに根ざした、地域との温かな繋がりを育むセカンドライフでした。
田舎暮らしとは程遠い現役時代
章浩さんが勤めていた会社は、アメリカ・ダラスにもITの拠点を構えるという国際的な会社。「昼も夜も荷物は動いているのでスピード命。」だと、章浩さんは当時を思い出しながらゆっくりと丁寧に話します。昔の仕事の話になると、優しい章浩さんの口調のまま、飛び出してくる専門用語。そのギャップにどこか小気味よさすら感じさせます。ご自身も、昔の働きぶりを「全く違う人間だったんじゃないか」と笑いながら思い返します。

毎日忙しく働く章浩さんを横目に、妻である恵美子さんは密かに田舎暮らしへの憧れを抱いていました。その原体験は幼少期までさかのぼります。恵美子さんは育ちこそ横浜ではありますが、ご両親は福岡県ご出身で、九州にルーツがあります。「特に父の田舎は大分との県境にあって。耶馬溪が近くにあるんですけど、小さい頃は夏や冬になると(父の田舎に)帰っては、川で泳いだり、沼で遊んだり、山で木苺をとったりして遊んだりしていました」。そんな経験から、日本に限らずどこか田舎で好きなことをしながら生活をしてみたいという想いが、心のどこかにずっとありました。しかしその想いは、日々忙しく働く章浩さんには話してこなかったと振り返ります。

一方で、章浩さんは移住を本格的に考え始めるまで「『いつかのんびり田舎で』なんて思いもしなかった」と言います。そんな中、その想いは夫婦共通の趣味であった旅行がきっかけで移住への意識が少しずつ変化し始めます。
「移住を意識し始めたのは2020年頃で、当時63歳でした。このままズルズル先延ばしになったらチャンスはなくなるなと思い、自分が65歳になるまでに移住をしよう、と決めたんです」。移住をただの憧れや想いだけで終わらせない行動力が、恵美子さんの夢を実現させました。
見知らぬまちの土地との出会い
移住へ着々と話が進むにつれ色々なことが見えてきました。「実際どうやって暮らしをするのかとか、住む場所、住む家はどうするのか?とか。もちろんイメージとしてはすごく宮崎で暮らせたらいいな、というのはあって。なので今度は旅行ではなく移住の下見で宮崎に来ました」と、章浩さん。


初めて移住の下見に宮崎を訪れたとき、西都市は選択肢に入っていなかったそう。そんな中、鈴木さんご夫妻が、西都市への移住を決定づける出来事があったと言います。当時、移住相談を担当していた西都市商工観光課の担当者に「家を建てたい」という希望を伝えたところ、実際にいくつかの場所を案内してくれたのです。
その親身な対応に感動し、翌月には住む土地を仮契約するまでに話が進みました。「待っていても決められないし、車で1時間2時間くらいの距離であれば来週末また来て、見たりしながら決められたんですけど、当時関東に住んでいてそういうわけにもいかなかったので。『じゃあ決めようか』と」(章浩さん)。

生活が大きく変化
西都市へ移住してから、仕事以外の時間の過ごし方もガラリと変わりました。特に、章浩さんは庭の手入れに夢中になっているそうで、恵美子さんはその様子を微笑ましく見守っています。「家を建てるとき、特に庭のことは話していなかったんですけど、いつだったか急に芝がいいって言い出して」(恵美子さん)。芝は未経験者にとって管理が大変だと言いますが、章浩さんは全く苦に感じず、むしろ熱中するようになったのだそう。近所の家も芝を敷いているそうで、時々、芝談義に花を咲かせているのだとか。



また、恵美子さんはお料理が趣味とのことで、新しく建てた自宅は「キッチンがメインの家」という風に住宅メーカーさんとお話して設計。すると、住み始めてから思わぬ副産物が。現役時代、料理は一切してこなかったという章浩さんですが、移住してから少しずつ手伝うように。恵美子さんは「今は毎週水曜日(章浩さんが)担当。パスタの日なんです。」と目を細めながら話します。


鈴木さんご夫妻は今、積極的に西都市の人と関わるようにしていると話します。ご自宅の庭は西都市内の事業者に施工を依頼。和室のちゃぶ台も、市内の家具職人の方に依頼してオーダーメイドで作ってもらったと話します。縁もゆかりもない土地に来て、リモートワークであまり人と会わないからこそ、小さいところから関わりを作ることを大事にしている鈴木さんご夫妻。42年間、世界を“繋げる”経験を引っ提げて、これからまちと“繋がる”セカンドライフが今、始まろうとしています。
