柔らかな光が差し込む、築100年ほどの古民家。広々とした表の間には、赤ちゃんを連れたママ友たちが集まり、子育ての悩みを話したり、離乳食の工夫を共有したり。時折、「いないいないばあ」と子どもをあやす声や子守唄の合間に、赤ちゃんの鈴の音のような笑い声が響き渡ります。
「ここに住み始めてから、気軽にみんなで集まりやすくなりましたね」と話すのは、2024年5月に西都市に移住した主婦の山口さんです。賃貸で見つけた古民家の間取りは6DKと、夫と1歳になる娘の三人で暮らすには十分すぎるといってもよい広さ。休日になると軒下でバーベキューなどを楽しんだり、夫は庭の手入れに勤しんだりと、のびのびとした暮らしを満喫しています。「大家さんがとても良い方で、定期的に芝刈りに来てくださるんです」と山口さん。古民家の暮らしは日に日に魅力を増していきます。



流れに身を委ねてみる
初めて西都市に来た時のお話を伺うと「どんよりとした雨の日に、商業施設のゲームセンターでおばあちゃんがみかんを食べているのを見かけて、どういうこと!?と思ったんですけど(笑)」と笑顔を見せる山口さん。熊本県出身で、大学卒業後は銀行に就職。その後、「人で熊本を元気にしたい」という思いから人材派遣会社でキャリアコンサルタントとして約5年間勤務していました。
西都市への移住を決めたのは、地元・宮崎に貢献したいという夫の夢を応援したかったから。そして、一度は生まれ育った土地を離れて、新しい暮らしに挑戦してみたいという気持ちもあったと話します。流れに身を委ねよう──そう決心した山口さんは里帰り出産を経て、西都市での新生活をスタートさせました。

つながりが生まれた「子育て支援センター」
暮らし始めて最初に心に残ったのは、市役所での出来事でした。手続きの最中に娘が泣き出し困っていると、職員が「抱っこしておくよ!子どもは泣くのが仕事だから」と自然に声をかけてくれました。山口さんは、その何気ない優しさに心が温かくなったといいます。「人のあたたかいまちですよね。実際に住んでみると、夫もマーケティングの仕事以外にコミュニティを作ったり、ラジオを始めたりと生き生きとしています。知り合いのいないまちへの移住は不安もあったんですけど、わりとすぐに馴染んでいくことができました」。
そんな山口さんにとって、市役所で紹介された「子育て支援センター」は、西都市での暮らしの大切な拠点の1つとなりました。「つばさ館」と呼ばれるこの施設は9時から15時まで利用でき、親子で参加できる様々なイベントが開催されています。育児相談をはじめ、英語や親子クッキングなど、親子の憩いとふれあいの場として子育て世代に親しまれています。最初は緊張していた山口さんでしたが、少しの勇気をもってイベントへ出かけてみると、同じ年頃の子を持つ母親たちとの出会いがありました。取材日に集まったママ友たちも、そんなつながりから生まれた輪なのだそうです。
近所のおばあちゃんが娘に優しく話しかけてくれたり、スーパーではレジの方が娘を連れていると気づくと「品物は私が入れますね」と声をかけてくれたり。「子どもを大切にしようという思いが、まち全体に溢れている感じがするんです。これまで災害の被害が少ない土地でもあるので、子育てをしたい人にとっては向いている場所だと思います」。

敷地内には家紋入りの立派な蔵があり、向かいの空き地も大家さんから自由に使って良いと言われているそう。栗や日向夏が実る広々とした土地に、山口さん夫婦の夢は膨らみます。「蔵をバーにしようかとか、庭でキャンプもしたいなとか。みんなが集まれる場所になっていくといいですね」と山口さん。
築100年の古民家で、山口さん家族の新しい日々が始まります。この場所に刻まれてきた時間の中に、三人になった家族の物語も少しずつ重なっていくのでしょう。


